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フレデリック2世の誤算
投稿者:
安達
投稿日:2008年 2月21日(木)09時02分26秒
幼い子供を殺す特殊な方法がある。
別に体を傷つける必要も、毒を盛る必要もない。
ちゃんと食料を与え、生活に必要なものを十分に整えたとしても
かつて、フレデリック2世がやったようにすれば、子供を
殺すことができる。
今からおよそ800年ほど前のこと。
地中海に浮かぶシチリア島を統括していたフレデリック2世は、
生まれたばかりの子供をもつ親達に、ある変わった方法で
子育てをするよう命じた。
変わった方法といっても、とくに過酷な扱いをしたわけではない。
唯一の注文は、子供に話しかけたり、笑いかけたりせずに、無言で
育てろということだった。
しかし、その結果、子供達は誰一人として育たなかったのである。
愛情を示してもらえず、言葉もかけてもらえなかったために、
情諸障害を起こして全員が死んでしまったという。
もっとも、これはフレデリック2世の意図したことではなく、誤算だった。
この支配者は、言葉をまったく教わらないで育った子供が
どんな言葉を話すのか知りたかっただけなのだ。
六カ国語を話すことができたフレデリック2世は、人間は
生まれたときから自分の言葉をもっていると思っていた。
それはきっとヘブライ語にちがいないと、期待していたのである。
そんな彼の思惑どおりにはいかず、子供達は愛情も喜びも、
もちろんヘブライ語も知らないまま死んでいった。
ちなみに、現在の大脳生理学によると、生まれてから3歳までの間に、
母親が子供の相手をする時間が、毎日4時間より少なくなると
脳が正常に機能しなくなる可能性が高いという。
輸血成功までの悪夢の歴史
投稿者:
安達
投稿日:2008年 2月18日(月)02時42分24秒
ヨーロッパでは、輸血らしきものが始まったのは17世紀の中ごろのこと。
しかし、現在のような輸血をおこなうようになるまでには、長く悲惨な道のりがあった。
たとえば、1667年に約250グラムの血を輸血されたフランスの少年は、腕が異常な高熱になった。翌年、輸血を3回ほどこされた男性は、苦しんだあげく死んでしまった。
原因は血の種類のちがい。
輸血が始まった当時、血は血でもヒツジの血を輸血していたからである。
しかも、浣腸器を使ったり、切り開いた血管に管を差し込んだり、口を使って
血を吹き込んだりの荒療治である。
それでも、それまで動物実験に使われていたイヌたちにくらべれば、輸血されたのが
ヒツジの血であっただけ、まだマシだったのかもしれない。
実験台になったイヌたちは、薬、牛乳、尿から、ワインやビールにいたるまで輸血
されていたというのだから。
ヒツジの血で死ぬとは限らないところがまたすごいのだが、ともかくそんなわけで
輸血治療は失敗率が高かった。
そんなだから、フランスでは17世紀末に輸血が禁止された。
人間に人間の血を輸血するようになったのは、1800年代になってからである。
しかしその後も、輸血はなかなか成功しない。
まず、輸血の途中で血が固まってしまうという問題があった。
そこで、輸血用の血に凝結防止剤を混ぜてみるのだが、その中には有毒な燐酸ナトリウムなんてものもあった。
これを注入された患者が死亡したことはいうまでもない。
さらに、当時の医者達は、血液型のちがいを知らなかった。
いくら人間の血でも、血液型が違えば患者はショック症状を起こす。
医者はその原因を、リュウマチ熱のせいにしていた。
オーストリアの病理学者ランドシュタイナーによって血液型の存在が発見され、
ようやくまともに輸血ができるようになるのは、1900年以降のことでした。
麻酔のない時代の麻酔法
投稿者:
安達
投稿日:2006年 5月18日(木)23時34分48秒
ロンドン病院には、今も記念として「手術の鐘」という鐘が保存されています。
19世紀以前の話しですが、いざ手術を始めるというときに、この鐘を鳴らしたのだそうだ。
鳴らしてどうするのかというと、病院内で手のあいている人間を集めて
患者を押さえ付けるためだったそうです。
といっても、麻酔がまったくなかったわけではなかったみたいで、古来からマンドラゴラ草、
アヘン、アルコールなどは、麻酔薬として用いられていた。
殴ったり、首を閉めて気絶させるのも、一方法だったそうです。
なかでもすごいのが葉巻き。
肛門に差し込み、ニコチンの作用で筋肉が弛緩した隙に、手術をやってしまおういうものなのだ。
身を守ろうにもそんな事を言ってる場合ではないから、ちょっと哀れです。
さて、こんな有史以来の人々の涙と絶叫のはてに発見されたのが、エーテル麻酔なのです。
発見したのは、ボストンの歯科医師ウィリアム・モートン。
1846年のことです。
このとき最初のモルモットになったのは、ギルバート・アボットという青年だったそうで、
あごにできた血管腫を痛みもなく切除したといいます。所要時間は25分。
こうして近代外科手術は広まっていったのですが、一つ最近になって問題が起こっているようで、
すでにアメリカでは被害者同盟もできていますが、麻酔をかけても、手術中に患者の意識が
戻ってしまうことがあるそうです。
体は動かない。 体は動かせないのに、医者が自分の体について話していることや、皮膚が裂けたり、メスで切開される音だけが聞こえてくるのだ。
必死に医者に訴えるのだが、誰も 気付いてくれないという。
無事に手術がすめばいいが、ヘタをすれば、失敗を告げる医師の声が聞こえてくることに
なるかも知れない。
魔女裁判
投稿者:
安達
投稿日:2006年 2月14日(火)05時52分45秒
中世の拷問を語るうえで、忘れてはならないのが魔女裁判です。
我が国が戦国時代から江戸時代へと移り変わる頃、ヨーロッパ大陸では魔女狩りの全盛期でした。
当時、少しでも怪しいことをした女は、すぐに魔女裁判にかけられた。
内容はだいたい次のようなものでした。まず、魔女の疑いをかけられた女を素っ裸にして、髪の毛やその他の体毛をすべて剃り落とす。
次に、体中を針で刺す。
魔女の証拠、すなわち刺しても痛がらない部分が見つかるまで、刺しまくるのです。
それでも証拠が見つからない場合は、手足を縛って水の中に投げ込んだ。
体が水に浮かんだら魔女、沈めば無罪です。 聖なる水が悪を受け入れるわけがないし、魔女は体が軽いから浮かぶだろうというわけです。当然ながら、たとえ沈んでも助かる見込みはなかった。水から引き上げられる頃には、すでに溺死しているからだ。
自白させるための拷問もあった。フランスでは、指をネジで締め付けたり、釘のついた台の上で鞭打ちにした。
ドイツでは、刺し傷に硫酸を流しこんだり、骨を砕いたりもしたらしい。
拷問に耐えられず、魔女であることを自白した女達は、絞首刑や火あぶりの刑、ひどいときには鍋の中で煮られる刑に処された。
つまり、魔女の疑いをかけられたら最後、どうやっても助からないのです。
こうして、15世紀から17世紀にかけて処刑された「無力な魔女 」たちの数は、少なくとも10万人、あるいは30万人ともいわれている。
ギロチン処刑直後、意識はあるのか
投稿者:
安達
投稿日:2006年 2月 5日(日)05時15分16秒
十八世紀から十九世紀にかけて、フランスで公認されていた処刑方法といえばギロチン刑です。
医師のジョゼフが考案したこの処刑器具は、それまでの道具よりも人道的だと思われた。
ギロチンにかけられた死刑囚は、確実に、しかも痛みを感じるよりも早く、一瞬にして死ぬことができるというのがその理由らしいです。
ところが、そのうち妙なうわさが流れるようになる。
ギロチン刑の直後、切り落とされた首を解剖しようとメスを突き刺したら、痛そうな顔をしたとか、首のない胴体が駆け回ったというのだ。
フランス人のヴェルポーも、「人間は首を切られた直後も生きているのではないか」と考えていた一人だった。
1864年、ヴェルポーは喜ぶべきか悲しむべきか、その真偽を確かめるチャンスに恵まれた。
知り合いのポムレー医師がギロチンにかけられることになったのです。
そこで事前に彼とある約束を交わした。
その約束とは、ポムレーの首が切り落とされた直後、ヴェルポーが彼の名前をよんだら、右目を三回ウィンクするというもの。
さて結果は、残念ながらというか意外にもというか、ポムレーの生首は一度ウィンクしたというのです。
医学的には、首を切られると脳へ血が送られず、数秒で意識がなくなるということになっている。
つまり、数秒間は意識があるということだが、ポムレーはどんな思いでウィンクしたのだろうか。
男の去勢
投稿者:
安達
投稿日:2006年 1月17日(火)21時54分42秒
男の去勢といえば中国の宦官(かんがん)が有名だが、古くは
エジプトから中世アラビア、ギリシャやローマでも盛んに去勢がおこなわれていた。
なんとも残酷だが、皇帝の女や女官たちに手を出させないためと、宮廷の女達の
愛玩のためだったようです。
去勢方法は奴隷の人体実験によって、いろいろと考案された。
その中で完全な去勢法は、成人する前に男根をすべて切り取ってしまい、
女性化してしまう方法です。
また、成人した後に、睾丸だけを切り取ってしまう方法もあった。
これなら男根は残されているので、勃起することはできる。
安全で成功率の高い去勢法は、この睾丸だけを切り取ってしまう方法だった。
これには二つの方法があって、ひとつは睾丸の焼き切りで、もう一つはヒモで陰のうを
縛る方法である。
焼き切りというのは、ズバリ、赤く焼いたハサミやコテで、一気に睾丸を焼きとってしまうこと。
そして縛るほうは、血液の流れを止めて、腐らせて睾丸を取る訳だが、数日間
放っておくと果実のように自然に落ちてくるらしいですよ。
意外なことに、ヨーロッパの教会においても去勢の伝統があった。
聖歌隊の少年達の美しいソプラノの声を守るために、ヒモで縛って取る方法が
用いられていたのである。
ウィーンでは19世紀に入っても、この伝統が受け継がれていたそうです。
ちなみに、作曲家として知られるハイドンも、その美声ゆえに、もう少しで
睾丸なしになるところだったそうです。
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生け贄(いけにえ)
投稿者:
安達
投稿日:2006年 1月17日(火)21時13分34秒
メキシコ国立博物館の中庭に、彫刻をほどこされた直径2メートルの丸い石がある。
この石はその昔、祭儀で生け贄を捧げる時に使われた、アステカ族の
「いけにえ石」として知られています。
15世紀末に、ある祭儀のときには、ここで2万人が生け贄に捧げられたらしい。
犠牲者の列は、多い時には3キロの長さにおよび、ピラミッドの上の神殿へ
階段を上って行った。
全てが終わるのに、延々4昼夜かかったというから、すごい話しです。
生け贄の手足は、神官が4人がかりでその石の上に押さえ付け、そしてもう1人が
黒曜石のナイフで胸を切り開き、動いている心臓を取り出す。
心臓をちぎり取ると血をヒョウタンの壷に入れ、死体は蹴落とした。
転げ落ちた死体の手足は幾人かの老人が運んで、細かく切断し胴の部分は、
王家の動物園でエサにされた。
こうして切断された肉は鍋に投げ込まれ、トマトと胡椒で味つけしたシチューになった。
動物性タンパク質を摂取する機会は、ほかにはあまりなかったのである。
彼等にとっての戦争は、そのための戦争だった。
まず生け贄のための捕虜を得るための、そして捕虜を祭儀の日まで太らせて、その肉を食べるための。
こうして最後に、生け贄の頭蓋骨が広場に並べられる。
後に見つかった生け贄の頭蓋骨の山には、そこだけで10万個はあったという。
[きたえーるの怪]
投稿者:
安達
投稿日:2006年 1月14日(土)00時06分21秒
豊平にある「きたえーる」で体験した事を、話す前に心霊スポットと言われる由縁を書きましょう。
もともとあの辺は豊平墓地だったのです(豊平警察署、八条中学の前もそうです)
「きたえーる」の建築が始まって、まもなく現場監督が亡くなりました。
死因は、脳梗塞だったと思います。
その方の部下が言うには 「きたえーる」建設工事に先立ち行われた、地鎮祭の終了後、祭壇にお供えしたお供え物をどうしようか、ということになったそうです。
普通であれば地鎮祭などで備えられた物は、喜んで分けあうものですが、このときに 限って誰も工事関係者はお供えを欲しがりません。
なぜなら、整地作業の段階で墓のあとから、無縁仏とおぼしき人骨が次々と出てきたためです。
しかも、それらの骨は、供養することもなく小石や木の根と同様に処理されたのです。
それを知る関係者は、気持ち悪くて、とても食べる気にならなかったのです。
現場監督であったa氏は、部下が止めるのも聞かず「オレが食う」と強がって、あえてバナナやりんごをパクついたそうです。
それから間もなくです。
a氏が亡くなったのは・・・。
「きたえーる」がオープン直前、近所の住民に公開され、近所の人の一部からは、夜建物のロビーを見ると大きな花の絵が見えるが、それはど こにあるのか?という質問があったそうです。
(最初から花の絵はありません)
そのほか、館内では時々怪現象がおきるのです。
さて私はプロフィールにも書いたように、ステージを作る会社をやっているのですが、「きたえーる」でのこけら落としは「山崎まさよし」でした。
舞台を作る前から嫌な予感はしていたので、いつもより慎重に作業をしていたのですが、あともう少しで終わりと言う時に信じられないことが起こったのです。
外れるはずのない器材が外れ、私の片腕となっていたF氏が高所から転落!
彼はいつも慎重な男で何故、彼がという思いで私は走り寄り、名前を呼んでも返事がありません。
完全に意識が失われ普通ではありませんでした。
すぐ救急車を呼ぶように指示したのでした。
たまたま偶然に「きたえーる」の職員の中にF氏の親しい友人がいて、その方A氏にF氏の奥さんを江別まで向かえに行ってもらったりと、色々してもらいお世話になりました。
結局F氏はせき髄損傷で車イスかもと言われたのですが、約一年をかけて普通に生活できるようになったのです。
ここまでは普通に仕事中の事故で片付けられてしまうのですが、事故から半月もしないうちにお世話になったA氏が脳硬塞で亡くなってしまっていたのです。
その話しを私にしてくれた若い職員さんも一週間後、火事で亡くなるとは誰が想像できたでしょうか。
A氏が亡くなる前に、「閉館の前に見回りに行くと、誰もいないはずなのに走っている足音がオープンした時から聞こえるんですよ」と話してました。
あなたは単なる偶然だと思いますか?
人それぞれの考え方は違うでしょうが、ここまで話したことはまぎれもない事実なのです。
私は「きたえーる」の他に「アイスアリーナ」や「厚生年金会館」でも不思議な体験、この世のものと思えない物をみています。
自分でも信じたくないのですが、まだまだ科学では証明できないことがこの世にはあるようです。
急に体調が悪くなったり、どうも本来の自分とは違う行動をとったりとか、感じたことはありませんか? 気が付かないうちに、何ものかが憑依しているかもしれませんよ! 終わり
[除霊体験]・・・後編
投稿者:
安達
投稿日:2006年 1月13日(金)23時35分21秒
前編からの続き・・・
そして徐霊師は静かにドアを開けた。
とたんにザワザワ、ピシッ!とラップ音がしたのです。
みんなで中まで進み、徐霊師はグルグルと回りを見渡し、「う〜む!逃げやがッたなぁ〜こんなもんじゃなかったハズだ」「焼けた人もきているな」・・・霊視したときは、もっと強烈な霊がいたらしいのです。
焼けた人に関しては以前にも旭川の霊感ある人に言われていたので、私は「やっぱりなぁ」と思いながらも恐怖を感じてしまいました。
除霊師が言うには、霊もわかっているらしく、逃げたものは二度と帰ってこないから大丈夫だと言うのです。
そうしてザコと思われる者は全て追い出していただき、次は私の番です。
除霊師は私の背中をじっと見た後に椅子に座るように指示され、店の中心に座りました。
お経とも思えるような呪文のような言葉を発しながら、物凄い気合いがかかり、そのとたんに私の目の前を白いものが横切ったのです、と言うより抜け出したと言った方が正解なのでしょう。
そして除霊が終わると私はとんでもない脱力感に襲われたのでした。
除霊師は私のカラダに手を当てて「気」を送りこんでくれました。
わかるんです、カラダが熱くなっていくのが、その熱さは2〜3日続いたのですが、おもしろいことにそのパワーは私のカラダだけではありません、店のビールまでが・・・グラスのビールの泡が勝手にモコモコ盛り上がってくるのです。
そしてその泡は最後まで消えず飲み干してもしっかりとグラスの底に残ってました。
だから当然うまいのですよ、その泡も2〜3日続いたのでした。
無事終了かと思われたのですが、1ヶ月位してからのことです、店に来てくれてるKさんが、また霊が来てるよと言い出したのです。
髪の長い女性だと言うのですが、そのいるという方向に向って私は何度もカメラのシャッターを切ったのですが、その中の1枚に確かに長い髪の女性が写り込んでいたのです。
再び除霊師に来ていただいたところ、「最近オープンした店はないかい?」と言われて「1週間前に確かに・・・」そこの店が前のところから2体連れてきたというのです。
前のところからということは、前にも店をやっていたことになりますが、まさにその通り。
その店は向いのビルから移転してきたのでした・・・。
さて店の中を見てもらうと、以前よりはたいしたことはないとのことでしたが、私が髪の長い女性のことを言うと、「いるよ」と答えが返ってきました。
除霊師が言うには、このビルに関係ある人で1年以内に亡くなった人だというのです。
店が楽しそうなので手伝っているつもりで、本人は自分が死んだことに気がついてないそうなのです。
除霊師は店内を見回し、今回は徹底して霊道をふさいで行くと言い(前回は4ケ所ふさいだ)増えていた1ケ所と、ついでに男子トイレ横の倉庫(ここには強いのが1体)
店の前、廊下5メートル範囲、最後まで迷った店の入り口(ここをふさぐと、霊が憑いたお客様が入りづらくなるからです)全てに結界をはってもらいました。
店には特別なお札を書いていただきました。
現在では、たまにお客さんが連れてきますが、店を出る時にまたついて帰ります。
霊の存在を信じる信じないに関わらず、とても奇妙な体験をしました。
まだまだ詳しく話すと、色々な現象があったのですが、「除霊体験」はひとまず終わりとします。
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[除霊体験]・・・前編
投稿者:
安達
投稿日:2006年 1月13日(金)23時13分45秒
まず最初に、霊の存在を信じる人、信じない人、それぞれ個人差はありますが、私は信じてはいたのですが、それほど気にもしていませんでした。
私は仕事でよく厚生年金会館やアイスアリーナ、キタエールなどに行くことがあるのですが、人の集まる所には霊もよく集まると言うことを聞いたことはありますか?
まさしくその通りなのです。
キタエールなどは心霊スポットの一つにもなっているようですが、私もここで大変奇妙で恐ろしい体験をしています。
それはまたの機会にお話しましょう。
人の集まる場所!、すなわちBlue-Moonも決して例外ではありませんでした。(注!現在は対処していますので安心してください)
店をオープンしたころからドアが開いて誰かが入ってきた気配はするのに誰もいない。
そんなことがよくありました、私だけではありません。
その当時はチーフ、マネージャー、女の娘も毎日店にいたのですが、後になってみんなに確認すると、みんなそれを感じていたことがわかりました。
そのうちに不思議と霊の存在がわかるお客さんが多くくるようになり、そして「霊が出入りしてるよ」
そう言われた私は、やっぱりと思いつつも気にしないようにしながら、やがて平日は一人で店を営業するようになりました。
その頃からだったと思います、私に異変がおきたのは。
体のだるさをはじめ、精神的にも不安定に・・・急激な腕の痛み等々!
原因は2003年になりはっきりしました。
それは1月2日、1月3日のことでした。
2日に店を貸し切って飲み会をしたグループの中に霊感の強い方(Aさん)がいて、私の写真を写したのです。その場は何事もないまま、次の3日に来たお客さん(Bさん)も携帯で私の写真を写したのです。
それから二日位してからBさんから連絡があり、写した写真を旭川の霊感がある友人に送ったところ、「マスターって足が悪いのかい」と言われたそうです。
なんと私の左足に霊がしがみついていると言うのです。
店内にもたくさん写っているらしく焼けた人もいると言うのです。 しかし驚きはこれだけでは終わらなかったのです。
次の日、最初に写真を写したAさんから連絡があり、現像した私の写真に写っていたものは、左足にしがみつく霊だったのです。
Aさんは霊能力があるお坊さんの所へ行くと「このままでは歩けなくなるよ」と言われたらしいです。
Aさん、Bさん2人の方にそんなことを言われ、信じる信じないとか言ってる場合ではないものを感じていたのですが、やがて何日かすると左足の痛みを覚えるようになっていきました。
この時私はもう除霊しかないと考え、誰か力のある霊能者はいないか探しました「そうだ、TV関係の人なら・・」私の知り合いのTV関係者に連絡をすると、「すごい人がいる・・」
話は進んで2月に道内のある所から来てくれることになりました。
とりあえずは一安心で、でも約1ヶ月あります、それまでの間についつい常連さんに「今度、除霊するんだ」ということを店内で何度も話しました、これが後にちょっとまずいことになってしまうなんて、そのときは思いもよらなかったのでした。
まずいこと? それは、いよいよ明日除霊するという前日のことでした。 霊にはわかっていたのですね、店内で大暴れです。
店のドアを開けると異様な圧迫感と、吐き気、割れそうな頭痛、もやがかかって白くなっているのですよ!
とても営業できるものではなく、金曜日にもかかわらず休むことになりました。
除霊師に後から聞いたのですが、休んで正解でした。
強行してたら私も危ないところだったようです。
そして、その日がやってきました。
向いのヤマチホテルで待ち合わせをしていたので約束の時間に行くと、立ち会いということで紹介してくれたTV関係の方と除霊師の方がすでに待ってました。
揃って共栄ビルの前に移動して中に入ろうとしたとき、除霊師の方が「すごいなぁ〜、市場のなかにすごいのがたくさんいるよ」そしてゆっくりと階段をあがって来て、ドア越しに一件一件霊視をしているようです、そしてBlue-Moonの隣の店の前で立ち止まり、「ここには強烈な霊がいるね〜、近々店をやれない状況になるなぁ〜」と言うのです。
「でも関係ないからほっておこう」・・・この時まさかガス爆発で隣の店がやめてしまうなんて思いもよりませんでした。そして・・後編に続く
以上は、新着順1番目から10番目までの記事です。
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