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天理教は、十字軍を祭る宗教だろう

 投稿者:ねこ  投稿日:2013年 4月27日(土)15時41分48秒
  天理教は、十字軍を祭る宗教だろう

http://park.geocities.jp/jpcdebate/0203/p031.html#page203
http://book.geocities.jp/conspiracycalendar/02/Y01/jre009.html#0602

古代から現代まで、日付の一致が多すぎる。

(仮説を含む)
( http://park.geocities.jp/jpcdebate/0103/p033.html )
 
 

フレデリック2世の誤算

 投稿者:安達  投稿日:2008年 2月21日(木)09時02分26秒
  幼い子供を殺す特殊な方法がある。

別に体を傷つける必要も、毒を盛る必要もない。
ちゃんと食料を与え、生活に必要なものを十分に整えたとしても
かつて、フレデリック2世がやったようにすれば、子供を
殺すことができる。

今からおよそ800年ほど前のこと。
地中海に浮かぶシチリア島を統括していたフレデリック2世は、
生まれたばかりの子供をもつ親達に、ある変わった方法で
子育てをするよう命じた。

変わった方法といっても、とくに過酷な扱いをしたわけではない。
唯一の注文は、子供に話しかけたり、笑いかけたりせずに、無言で
育てろということだった。

しかし、その結果、子供達は誰一人として育たなかったのである。
愛情を示してもらえず、言葉もかけてもらえなかったために、
情諸障害を起こして全員が死んでしまったという。

もっとも、これはフレデリック2世の意図したことではなく、誤算だった。
この支配者は、言葉をまったく教わらないで育った子供が
どんな言葉を話すのか知りたかっただけなのだ。

六カ国語を話すことができたフレデリック2世は、人間は
生まれたときから自分の言葉をもっていると思っていた。
それはきっとヘブライ語にちがいないと、期待していたのである。

そんな彼の思惑どおりにはいかず、子供達は愛情も喜びも、
もちろんヘブライ語も知らないまま死んでいった。
ちなみに、現在の大脳生理学によると、生まれてから3歳までの間に、
母親が子供の相手をする時間が、毎日4時間より少なくなると
脳が正常に機能しなくなる可能性が高いという。
 

輸血成功までの悪夢の歴史

 投稿者:安達  投稿日:2008年 2月18日(月)02時42分24秒
  ヨーロッパでは、輸血らしきものが始まったのは17世紀の中ごろのこと。
しかし、現在のような輸血をおこなうようになるまでには、長く悲惨な道のりがあった。

たとえば、1667年に約250グラムの血を輸血されたフランスの少年は、腕が異常な高熱になった。翌年、輸血を3回ほどこされた男性は、苦しんだあげく死んでしまった。
原因は血の種類のちがい。
輸血が始まった当時、血は血でもヒツジの血を輸血していたからである。
しかも、浣腸器を使ったり、切り開いた血管に管を差し込んだり、口を使って
血を吹き込んだりの荒療治である。

それでも、それまで動物実験に使われていたイヌたちにくらべれば、輸血されたのが
ヒツジの血であっただけ、まだマシだったのかもしれない。

実験台になったイヌたちは、薬、牛乳、尿から、ワインやビールにいたるまで輸血
されていたというのだから。
ヒツジの血で死ぬとは限らないところがまたすごいのだが、ともかくそんなわけで
輸血治療は失敗率が高かった。

そんなだから、フランスでは17世紀末に輸血が禁止された。
人間に人間の血を輸血するようになったのは、1800年代になってからである。
しかしその後も、輸血はなかなか成功しない。

まず、輸血の途中で血が固まってしまうという問題があった。
そこで、輸血用の血に凝結防止剤を混ぜてみるのだが、その中には有毒な燐酸ナトリウムなんてものもあった。
これを注入された患者が死亡したことはいうまでもない。

さらに、当時の医者達は、血液型のちがいを知らなかった。
いくら人間の血でも、血液型が違えば患者はショック症状を起こす。
医者はその原因を、リュウマチ熱のせいにしていた。
オーストリアの病理学者ランドシュタイナーによって血液型の存在が発見され、
ようやくまともに輸血ができるようになるのは、1900年以降のことでした。
 

麻酔のない時代の麻酔法

 投稿者:安達  投稿日:2006年 5月18日(木)23時34分48秒
  ロンドン病院には、今も記念として「手術の鐘」という鐘が保存されています。
19世紀以前の話しですが、いざ手術を始めるというときに、この鐘を鳴らしたのだそうだ。

鳴らしてどうするのかというと、病院内で手のあいている人間を集めて
患者を押さえ付けるためだったそうです。
といっても、麻酔がまったくなかったわけではなかったみたいで、古来からマンドラゴラ草、
アヘン、アルコールなどは、麻酔薬として用いられていた。
殴ったり、首を閉めて気絶させるのも、一方法だったそうです。

なかでもすごいのが葉巻き。
肛門に差し込み、ニコチンの作用で筋肉が弛緩した隙に、手術をやってしまおういうものなのだ。
身を守ろうにもそんな事を言ってる場合ではないから、ちょっと哀れです。

さて、こんな有史以来の人々の涙と絶叫のはてに発見されたのが、エーテル麻酔なのです。
発見したのは、ボストンの歯科医師ウィリアム・モートン。
1846年のことです。

このとき最初のモルモットになったのは、ギルバート・アボットという青年だったそうで、
あごにできた血管腫を痛みもなく切除したといいます。所要時間は25分。

こうして近代外科手術は広まっていったのですが、一つ最近になって問題が起こっているようで、
すでにアメリカでは被害者同盟もできていますが、麻酔をかけても、手術中に患者の意識が
戻ってしまうことがあるそうです。

体は動かない。 体は動かせないのに、医者が自分の体について話していることや、皮膚が裂けたり、メスで切開される音だけが聞こえてくるのだ。
必死に医者に訴えるのだが、誰も 気付いてくれないという。
無事に手術がすめばいいが、ヘタをすれば、失敗を告げる医師の声が聞こえてくることに
なるかも知れない。
 

魔女裁判

 投稿者:安達  投稿日:2006年 2月14日(火)05時52分45秒
  中世の拷問を語るうえで、忘れてはならないのが魔女裁判です。
我が国が戦国時代から江戸時代へと移り変わる頃、ヨーロッパ大陸では魔女狩りの全盛期でした。

当時、少しでも怪しいことをした女は、すぐに魔女裁判にかけられた。
内容はだいたい次のようなものでした。まず、魔女の疑いをかけられた女を素っ裸にして、髪の毛やその他の体毛をすべて剃り落とす。
次に、体中を針で刺す。
魔女の証拠、すなわち刺しても痛がらない部分が見つかるまで、刺しまくるのです。
それでも証拠が見つからない場合は、手足を縛って水の中に投げ込んだ。
体が水に浮かんだら魔女、沈めば無罪です。  聖なる水が悪を受け入れるわけがないし、魔女は体が軽いから浮かぶだろうというわけです。当然ながら、たとえ沈んでも助かる見込みはなかった。水から引き上げられる頃には、すでに溺死しているからだ。
自白させるための拷問もあった。フランスでは、指をネジで締め付けたり、釘のついた台の上で鞭打ちにした。
ドイツでは、刺し傷に硫酸を流しこんだり、骨を砕いたりもしたらしい。

拷問に耐えられず、魔女であることを自白した女達は、絞首刑や火あぶりの刑、ひどいときには鍋の中で煮られる刑に処された。
つまり、魔女の疑いをかけられたら最後、どうやっても助からないのです。

こうして、15世紀から17世紀にかけて処刑された「無力な魔女 」たちの数は、少なくとも10万人、あるいは30万人ともいわれている。
 

ギロチン処刑直後、意識はあるのか

 投稿者:安達  投稿日:2006年 2月 5日(日)05時15分16秒
  十八世紀から十九世紀にかけて、フランスで公認されていた処刑方法といえばギロチン刑です。

医師のジョゼフが考案したこの処刑器具は、それまでの道具よりも人道的だと思われた。
ギロチンにかけられた死刑囚は、確実に、しかも痛みを感じるよりも早く、一瞬にして死ぬことができるというのがその理由らしいです。

ところが、そのうち妙なうわさが流れるようになる。

ギロチン刑の直後、切り落とされた首を解剖しようとメスを突き刺したら、痛そうな顔をしたとか、首のない胴体が駆け回ったというのだ。

フランス人のヴェルポーも、「人間は首を切られた直後も生きているのではないか」と考えていた一人だった。

1864年、ヴェルポーは喜ぶべきか悲しむべきか、その真偽を確かめるチャンスに恵まれた。
知り合いのポムレー医師がギロチンにかけられることになったのです。
そこで事前に彼とある約束を交わした。
その約束とは、ポムレーの首が切り落とされた直後、ヴェルポーが彼の名前をよんだら、右目を三回ウィンクするというもの。

さて結果は、残念ながらというか意外にもというか、ポムレーの生首は一度ウィンクしたというのです。

医学的には、首を切られると脳へ血が送られず、数秒で意識がなくなるということになっている。
つまり、数秒間は意識があるということだが、ポムレーはどんな思いでウィンクしたのだろうか。
 

男の去勢

 投稿者:安達  投稿日:2006年 1月17日(火)21時54分42秒
  男の去勢といえば中国の宦官(かんがん)が有名だが、古くは
エジプトから中世アラビア、ギリシャやローマでも盛んに去勢がおこなわれていた。

なんとも残酷だが、皇帝の女や女官たちに手を出させないためと、宮廷の女達の
愛玩のためだったようです。

去勢方法は奴隷の人体実験によって、いろいろと考案された。
その中で完全な去勢法は、成人する前に男根をすべて切り取ってしまい、
女性化してしまう方法です。

また、成人した後に、睾丸だけを切り取ってしまう方法もあった。
これなら男根は残されているので、勃起することはできる。
安全で成功率の高い去勢法は、この睾丸だけを切り取ってしまう方法だった。

これには二つの方法があって、ひとつは睾丸の焼き切りで、もう一つはヒモで陰のうを
縛る方法である。

焼き切りというのは、ズバリ、赤く焼いたハサミやコテで、一気に睾丸を焼きとってしまうこと。
そして縛るほうは、血液の流れを止めて、腐らせて睾丸を取る訳だが、数日間
放っておくと果実のように自然に落ちてくるらしいですよ。

意外なことに、ヨーロッパの教会においても去勢の伝統があった。
聖歌隊の少年達の美しいソプラノの声を守るために、ヒモで縛って取る方法が
用いられていたのである。
ウィーンでは19世紀に入っても、この伝統が受け継がれていたそうです。

ちなみに、作曲家として知られるハイドンも、その美声ゆえに、もう少しで
睾丸なしになるところだったそうです。
 

生け贄(いけにえ)

 投稿者:安達  投稿日:2006年 1月17日(火)21時13分34秒
  メキシコ国立博物館の中庭に、彫刻をほどこされた直径2メートルの丸い石がある。
この石はその昔、祭儀で生け贄を捧げる時に使われた、アステカ族の
「いけにえ石」として知られています。

15世紀末に、ある祭儀のときには、ここで2万人が生け贄に捧げられたらしい。
犠牲者の列は、多い時には3キロの長さにおよび、ピラミッドの上の神殿へ
階段を上って行った。
全てが終わるのに、延々4昼夜かかったというから、すごい話しです。

生け贄の手足は、神官が4人がかりでその石の上に押さえ付け、そしてもう1人が
黒曜石のナイフで胸を切り開き、動いている心臓を取り出す。

心臓をちぎり取ると血をヒョウタンの壷に入れ、死体は蹴落とした。
転げ落ちた死体の手足は幾人かの老人が運んで、細かく切断し胴の部分は、
王家の動物園でエサにされた。

こうして切断された肉は鍋に投げ込まれ、トマトと胡椒で味つけしたシチューになった。
動物性タンパク質を摂取する機会は、ほかにはあまりなかったのである。

彼等にとっての戦争は、そのための戦争だった。
まず生け贄のための捕虜を得るための、そして捕虜を祭儀の日まで太らせて、その肉を食べるための。

こうして最後に、生け贄の頭蓋骨が広場に並べられる。
後に見つかった生け贄の頭蓋骨の山には、そこだけで10万個はあったという。
 

[タロット占い]

 投稿者:安達  投稿日:2006年 1月13日(金)22時31分13秒
  BlueMoonではタロットの先生にお願いしてタロット占いをやっているわけですが、私がよく耳にするのは「当るから怖い」とか霊的なものだと思っている人が意外に多いことです。
なにかオカルト的に思っているみたいですね。
そもそもオカルトとはラテン語で「正統でないもの」「秘密のもの」「隠されたもの」といったことを意味します。つまり、正統なものであるキリスト教の教えに反するものすべてがオカルトというわけです。

21世紀の現在もタロット占いには解明されない謎があるのです、私も店で占いをやる以上は少しでも知らないといけないと思い、いろいろ調べたのですがなんとヘブライ(ユダヤ)の隠し文字、恐るべき武器だったことがわかりました。
そして今でいう「超自然科学」「心理学」とおおいに関係あることがわかってきました。

タロット占いは、一般的には14世紀~15世紀のヨーロッパで確立されたといわれています。
なぜタロットがこれほど神秘の力を持つようになったのか、タロットにはその日その日を安全に生きるヘブライ(ユダヤ)の知恵が隠されています。
なぜ、このような知恵が必要だったかというと、ヘブライは紀元前からヨーロッパからの迫害を受けてきたからです。
そして度重なる十字軍の派遣による聖地の破壊、彼等はヨーロッパやイスラムからの迫害から身を守るために、軍事力以外のなんらかの手段を講じる必要に迫られたのです。
それが今の心理学に当る一つの学問体系、思想を確立したのです。その思想は秘密の言語を使っていたため、彼等にしかわからないものでした。
ところが十字軍の中の知恵ある人々や特殊な能力を持った人々が、彼等の思想をほぼ解明したのです。
そして秘技をよりわかりやすくしたものが「タロット」だったのです。
ヘブライの秘技が、いまでいう企業スパイに盗まれたということです。普通ならおおごとですが、ヘブライは決してあわてませんでした。
彼等の思想は、毒にも薬にもなる「もろ刃の剣」だったのです。企業スパイはそこまでは理解できませんでした。ヘブライはその先までを読んでいたのです。
「これで戦争が終わるのではないだろうか」と考えたのです。
彼等の思惑通り中世ヨーロッパではタロットがブームになり、人々は占いのおもしろさを知り、戦争、宗教の違いを忘れるほど狂喜したのです。
もちろんこれまでのどの占いよりもよく当たったことはいうまでもありません。そして十字軍は13世紀後半を最後に終了しました。
このことから、ヘブライでは「タロットによって平和がもたらされた」と信じる者も多かったといいます。タロットは戦争の行く末さえも左右した実に恐るべきヘブライの武器だったのです。
タロットはその後、ヘブライの秘技が解明されないまま「よく当たる不思議な占い」として広く浸透していきました。

今度はヘブライの隠し文字とタロットの数について簡単に書きます。
ヘブライ語のアルファベット22文字は、文字でありながら実は「数字」も表し、それが宇宙の原理となる要素を象徴しているのです。
数自身が意味を持ち、力を持っているというわけです。
ヘブライ語のアルファベットは、3文字の母音文字、7文字の単音文字、12文字の複子音文字で成り立っています。このうち母音文字は、人間の三つの基本要素を表しています。
基本要素とは人間の頭部、胸部、腰部のことです。単音文字は、7惑星を表しています。7惑星とは人間の頭部にある穴、つまり二つの目、二つの鼻の穴、二つの耳、一つの口のことです。
そして複子音文字は、12ヶ月、12黄道、12星座を表してます。同時に人間の12の能力も表しています。つまり見る、聞く、話す、食べる、嗅ぐ、生殖する、触れる、動く、怒る、泣く、笑う、眠る、の能力です。これらの3、7、12が表していることを組み合わせることで、人間の現象のすべてを説明できるとされています。つまりタロットは、口にできない人間の本能を、ズバリといい当てる不思議な魔力を秘めているというわけです。

旧約聖書の中に出てくるヘブライ語のそれぞれが数と結びついているのです、いわば隠し文字というわけです。 たとえば「アダムとイブ」のアダムは、ヘブライ語では「アレフ・ダレト・メム」といいます。 これを数で表すと、1・4・40(または600)という数字になります。
1は生死混合、4は存在の世界、40は反逆、600は繁殖力を表します。
そこでアダム(人間)は、生死相反する運命を持ち、肉体的な存在であると同時に、宇宙に反抗したり、ものごとを創造したりといった働きがあることを意味しています。
このようなそれぞれの文字が意味を持つ22文字のヘブライ語と、それぞれのカードが意味を持つ22枚のタロットと対応させることは、ごく自然なことなのです。

タロットに関して色々書きましたが、奥が深く現在でもわからないことがありすぎです。
とにかく驚異的な確立で当たることは確実です、私も経験者の一人です。
どうですか?あなたもブルームーンで体験してみませんか!
 

[不成仏霊]

 投稿者:安達  投稿日:2006年 1月13日(金)22時06分29秒
  不成仏霊とは、事故死、自殺、死刑、身内がなく、たった1人で孤独のうちに他国で死んだ人などの霊です。まだ、この世に怨みを残し成仏できないでいるのです。
怨みだけとは限りません。 事業家で仕事が途中のまま亡くなった人、芸術家でもっと残したい仕事があるのに亡くなった人など未完成の仕事に対する心残りで不成仏霊となる場合もあります。 人にとり憑いて困らせ苦しめて、せめて自分の死の怨みを晴らそうとするのです。 しかしこういう霊もやがては、成仏したいと考えるのです、なぜならば不成仏霊は霊自身とても苦しくて、やがては成仏し楽になりたいと思っているものなのです。
こういう霊を上手に誘導し、早く成仏させるのが、生きている者の務めと言えます、とりわけ、死者の事情を知っている近親者がこの役目を負うべきです。
Pc09/05(日)01:45
 

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