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輸血成功までの悪夢の歴史

 投稿者:安達  投稿日:2008年 2月18日(月)02時42分24秒
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  ヨーロッパでは、輸血らしきものが始まったのは17世紀の中ごろのこと。
しかし、現在のような輸血をおこなうようになるまでには、長く悲惨な道のりがあった。

たとえば、1667年に約250グラムの血を輸血されたフランスの少年は、腕が異常な高熱になった。翌年、輸血を3回ほどこされた男性は、苦しんだあげく死んでしまった。
原因は血の種類のちがい。
輸血が始まった当時、血は血でもヒツジの血を輸血していたからである。
しかも、浣腸器を使ったり、切り開いた血管に管を差し込んだり、口を使って
血を吹き込んだりの荒療治である。

それでも、それまで動物実験に使われていたイヌたちにくらべれば、輸血されたのが
ヒツジの血であっただけ、まだマシだったのかもしれない。

実験台になったイヌたちは、薬、牛乳、尿から、ワインやビールにいたるまで輸血
されていたというのだから。
ヒツジの血で死ぬとは限らないところがまたすごいのだが、ともかくそんなわけで
輸血治療は失敗率が高かった。

そんなだから、フランスでは17世紀末に輸血が禁止された。
人間に人間の血を輸血するようになったのは、1800年代になってからである。
しかしその後も、輸血はなかなか成功しない。

まず、輸血の途中で血が固まってしまうという問題があった。
そこで、輸血用の血に凝結防止剤を混ぜてみるのだが、その中には有毒な燐酸ナトリウムなんてものもあった。
これを注入された患者が死亡したことはいうまでもない。

さらに、当時の医者達は、血液型のちがいを知らなかった。
いくら人間の血でも、血液型が違えば患者はショック症状を起こす。
医者はその原因を、リュウマチ熱のせいにしていた。
オーストリアの病理学者ランドシュタイナーによって血液型の存在が発見され、
ようやくまともに輸血ができるようになるのは、1900年以降のことでした。
 

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